初七日 家族だけ

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初七日の旅立ちを家族だけで弔うのはOK?

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どうしてもご家庭の事情などでご家族だけの初七日をされたいという方はいらっしゃいます。

 

でも世間一般の風習、つまり、お坊さんをおよびして親戚にも来てもらって、法要などを営むという慣習を無視してもいいのかという気持ちが生まれるのも確かですね。

 

慣習にのっとって行うべき?

葬儀は、お坊さんに来てもらって法要などをしてもらったけれども初七日は家族だけで行いたい・・・という方はいらっしゃいます。

 

それに昨今では、家族だけで行う家族葬や散骨葬という形式も耳にするようになりました。

 

こういった場合には、さらにお坊さんを呼んでの法要を営んでいただくこともちょっとイメージしにくく、どうしたらいいのかわからなくなってしまいますね。

 

そもそも初七日というのは、どういう意味合いの区切りとなるのでしょうか。

 

これは、亡くなった日から数えて七日目にとりおこなう儀式のことをいいます。

 

なぜなのかというと、亡くなってからすぐには「あの世」、つまり霊界にはいかないで四十九日までは成仏せずにこの世でさまよっているといわれています。

 

そのため、亡くなったからといってすぐにあの世に行ってしまうわけではなく、初七日などの段階を踏んで少しづつあの世へと旅立つ準備をしていると言ったらわかりやすいでしょうか。

 

あの世に旅立つ準備期間

具体的には、亡くなられた方が無事に「あの世」つまり、霊界にたどり着けるようにして差し上げる追善供養のひとつが「初七日」です。

 

厳しいルールなどひとつもなく、家族だけで行っても、要は亡くなられた方を慰めて差し上げるためにお坊さんに読経していただき、同時に親戚縁者を呼んで、一緒に会食をしましょうというものです。

 

亡くなられた方はまだこの世にいるわけですから、姿は見えずともお坊さんの読経に感動します。

 

また家族や親戚縁者、知人友人たちがわざわざ時間を作って来てくれたことに喜び、にぎやかな会食の輪に入って楽しい時間を過ごされていると考えられます。

 

ですから、家族だけの儀式となったとしても亡くなられた方が喜んでくださるようにとの気持ちがあれば、失礼には当たらないと考えられます。

 

そうはいっても、初七日の法要は必ずしも行わなければならないというものでもありません。

 

あくまでも亡くなられた方の気持ちと残された家族や親戚の気持ちを慰め、あの世への旅立ちの準備をするというものです。

 

ですので、お坊さんを呼ぶ、家族だけで行う、どちらにされても大丈夫です。

 

儀式として執り行うことをせずとも、故人との思い出をアルバムをみたりしながら懐かしく思いかえしてみたり、

 

静かに焼香し手を合わせ故人をしのぶ時間をきちんと持ったりすることで、

 

まだこの世で家族や親戚のもとに挨拶にいったりしているかもしれない故人の気持ちを整理してあげることにもなり、また同時に、自分の気持ちも整理されていくわけです。

 

大事なのは故人を偲ぶ「気持ち」

もし、初七日を家族だけで執り行う場合には、形式は自由ですので家族が故人を思って、どんな初七日にしてあげれば喜ぶか、この世に思い残すことなくあの世へ旅立っていけるのか考えてあげるといいでしょう。

 

亡くなってしまうと体はありませんが、四十九日まではこの世にいるわけですから、いろいろな企画を考えることもできます。

  • 家族の思い出の場所にみんなで再度旅行にいく、
  • 思い出のレストランの大好きだったメニューを家族で食べに行く、
  • 好きだった音楽を一日中かけてあげる

・・・などなど故人にとって「もうこれで思い残すことはない」と思ってもらえれば家族としても本当にうれしいですね。

 

しかし、初七日を家族だけで執り行えるというのに

  • 「あれもしてあげればよかった」
  • 「これもしてあげればよかった」

と悔やんでしまうくらい深刻になる必要はありません。

 

霊体は、四十九日までは自分の好きなところに瞬時にとんでいけるといいますから、もしご家族が「充分なことをしてあげられなかったかも」・・・と思っても、故人は、ご自分の行きたいところにすでに行っておられることでしょう。

 

肝心なのは、家族が故人を思って「家族と一緒に最後に何かしてあげたい」・・・

 

と考えてくれる「心」を故人はうれしく受け取ってくれるものなのですね。

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